心身を整える新たな選択肢。「呼吸」×「動きと共感のデザイン」

心身を整える新たな選択肢。「呼吸」×「動きと共感のデザイン」

1日でおよそ2万~2万5,000回すると言われる呼吸。常に必ずしているものですが、日々の暮らしの中で気にかけたことはあるでしょうか。実は、パソコンやスマートフォンを見つめている間は、呼吸が浅くなったり止まったりする傾向がみられるのだとか。そうして適切な呼吸ができないと、集中力が落ちたり、疲れがたまりやすかったりと心身にも影響が現れます。そこで呼吸を通じた心身のサポートをしてくれるのが、この「シンコキュウ」です。11月に個人向けレンタルを開始し、様々な場面での活用が始まろうとしています。今回は、開発者である三好賢聖さんに、シンコキュウの機能や効果、開発秘話、今後の展望について伺いました。

三好賢聖さんのご紹介

デザイナー、デザイン研究者。1990年兵庫県生まれ。2015年東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程修了。2020年英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アートにてPhDを取得、最優秀博士論文賞受賞(ドイツ、アンハルト大学)。著書に『動きそのもののデザイン』(ビー・エヌ・エヌ)、『Designing Objects in Motion: Exploring Kinaesthetic Empathy』(スイス、ビルクハウザー)。 Studio POETIC CURIOSITY共同主宰。2023年に株式会社シンコキュウを創業、エグゼクティブアドバイザーを務める。

深呼吸が心身を整える。呼吸の効果とメカニズム

「シンコキュウ」とはどのようなものなのでしょうか?

三好:「シンコキュウ」は、日常生活の中で、ほんの少しでも呼吸に意識を向け、呼吸を通じて心身を整える手助けをするためのデバイスです。呼吸を連想させる独自の動きとサウンドによって深呼吸を誘発し、習慣化をサポートします。

深呼吸を誘発するメカニズムは、私が博士課程の頃から行っている「動きと共感のデザイン」の研究にもとづいて開発されています。

これに深く関係しているのが「運動共感」と呼ばれる現象です。例えば、目の前でダンサーが踊っているのを見て、自分は椅子に座っているのに、ダンサーが踊るなかでダンサー自身の身体に生じている様々な身体感覚を疑似的に感じることがあります。

このような、目にした人や物の動きに対して身体感覚を投影したり、疑似的に感じたりするのが「運動共感」です。

これが人と人の間で起こることはよく知られていたのですが、モノや物理的な現象に対しても起きるのではないかと考え、この現象を理解し、モノの設計にどう使えるかという設計論まで落とし込んだのが「動きと共感のデザイン」の研究でした。そして、この研究と呼吸が結びついてできたのが「シンコキュウ」です。

「動きと共感のデザイン」についての博士論文

三好:研究内容についてより知ってもらうためには博士論文を見てもらうのがいいのですが英語で書かれており入手が難しいため、研究をわかりやすく解説した入門書として、拙著「動きそのもののデザイン」をおすすめしています。ご興味あればこちらも御覧ください。

「呼吸を通じて心身を整える」とは、具体的にどのような効果があるのでしょうか。

三好:深呼吸の効果はさまざまありますが、特に次のようなことが期待できます。

・集中力維持による生産性向上

・ストレスの軽減

・深呼吸の習慣化

さらに、呼吸にまつわる問題の改善にもつながります。実は、スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器を使用している際、脳が過集中の状態になることで呼吸が浅くなったり止まったりする傾向がみられるのです。これを「スクリーン無呼吸症候群」といい、集中力や生産性の低下、倦怠感などにつながることが懸念されています。

私自身も以前、スマートフォンを使っている時になんともいえない息苦しさを感じていることに気がつきまして。特に、急ぎのメールを書いている時や、SNSを見ている時、パソコンをしている時にも息苦しさがあり、そこで初めてスクリーン無呼吸症候群の存在を知りました。

対策としてはやはり、こまめに気分転換をしたり、デジタル機器から離れたりすることなのですが、忙しい日々ではなかなか難しいこともあります。そんな中でも、さりげなく深呼吸を促し、習慣化を支援できるようにシンコキュウは作られました。

実際にユーザーテストで使っていただいた方には、使い始めてから早くて3日ほどで身体がリズムを覚えてきて、外出中などデバイスが手元にない時でも呼吸が意識できるようになった方もいらっしゃいます。

深呼吸は心身のさまざまな問題の改善につながるのですね。でも、いったいどのようなメカニズムで深呼吸が集中力やストレス軽減に効果をもたらしているのでしょうか?

三好:まず、正しい深呼吸をすることで副交感神経の働きが高まり、自律神経が整うんですね。それによって、例えば注意散漫になっている時や、感情が不安定になっている時に考えや気持ちを安定させる効果があります。

また、呼吸によってしっかりと酸素を取り込むことは、疲労回復や脳の活性化などにつながり、心身の健康に大切な役割を果たします

正しく深い呼吸をすることで、血管が拡張して血流が流れやすくなり、体内に酸素が届きやすくなったりします。特に横隔膜を使って肺の奥から呼吸をすることで肺胞の下の方までしっかり酸素交換できることから、集中力維持やストレス軽減につながるのです。

そうした効果を発揮するために、シンコキュウにはどのような仕組みが備わっているのでしょうか?

三好:一番重視しているのが呼吸のペースです。吸うのと吐くのが同じ秒数でも、3秒吸って3秒吐くのと、8秒吸って8秒吐くのとでは全然効果が違います。

これには、血液中の酸素と二酸化炭素の割合が関係しています。実は、血液中に二酸化炭素がある程度ないと、体に酸素がうまく行き渡らないんです。過呼吸が分かりやすい例で、空気を吸いすぎて酸素の割合が高くなりすぎた結果、身体に酸素が行き届かなくて酸欠になってしまいます。

吐く時間が長いと、その分新しい酸素が入ってこない時間も長くなるので、血液中の二酸化炭素が増えます。なので、二酸化炭素の割合を適切なレベルまで増やして、より身体全体に酸素が行き届くような酸素交換効率の良いリズムで呼吸ができるような仕組みにしています。

こだわりの詰まったデバイス。シンコキュウができるまで

開発にあたり、こだわったことを教えてください。

三好:シンコキュウを開発する際に心がけたのは、「画面から頭を引き抜くこと」ですね。仕事をしている時って、物理的には座っている状態ですが、体感的には画面の中に入っていると思うんですよ。情報の中に頭が入り込んでいて、身体がない。

そこで、窓から風が吹いてものが揺れる音がしたり、扉が閉まる音がしたりしてようやく画面から頭を引き抜いて、物理的な世界の中に自分がいる実感が戻ってくるような気がするんです。だから、一旦スマートフォンやパソコンなどから自分を切り離して、身体の存在を思い出させるようなものにすることは大切にしていましたね。

アプリではなく形のあるデバイスにしたのはなぜですか?

三好:実は、デバイスという形あるものであることはかなり重要なポイントでして。最初はアプリという形も考えたんですが、いくつかの理由からアプリは最適ではないと考えるようになりました。ひとつの理由としては、いかに素晴らしいアプリを作ったとしても、自分でさえ使い続けられる自信がなかった。毎回起動して、メニューを選んで……って、ユーザーもそんなに暇じゃないと思ったんですよ。ユーザーは自分の作ったものにわざわざ構ってくれるものだという前提から取っ払わないと、最初に少しだけ使って、あとは忘れられるようなものになってしまうと思いました。

また、当たり前ですけど、アプリやスマホは「動かない」んですよね。「呼吸しましょう」という意味でアニメーションや通知を出したりすることはできても、彼らが実際に呼吸をすることはありません。スマホに「呼吸しなさい」と一方的に言われても、「なんで特になにをするわけでもないこのスマホから言われたことをやらないといけないんだ」という気持ちになって、なかなか人は動いてくれません。そうではなくて、シンコキュウが自ら呼吸するように動くことで、ユーザーに「指示」するのではなく、「私は私で深呼吸しているので、よかったら一緒にどうぞ」という「お誘い」に変わります。テストユーザーの方々からは実際に「動きがあるからこそ、一緒に呼吸しようと思う」というコメントを多数いただいています。

これらを実現するには「アプリ」や「通知」ではなく「環境」としての存在を作ることが必要だと考えました。デジタル機器を全部シャットダウンしたとしても世界の中にあって、一緒に生活しているようなもの。そして、ユーザーは何もしなくてよくて、勝手に動いて気がついたときだけ一緒に深呼吸して、必要のない時は無視するくらいのもの。それを実現するためには、スクリーンの中にあるものではなく、物理的な環境の一部として存在することが必要でした。

シンコキュウのデバイスは真っ白で丸くて、特徴的な形をしていますよね。このような見た目になった背景を教えてください。

三好:深呼吸を誘発するため、呼吸の感覚を連想しやすい形や動きを試行錯誤してたどり着いたのがこの形なんです。ここに運動共感の原理が効いてきます。

最初は、どういうものが呼吸の感覚を想起できるか参考にできるものがあまりなかったので、お弁当箱のような四角い形やキノコのような形など、いろいろと作りました。それを人に見せて、どれが一番呼吸の感覚に近いかを何度もヒアリングして選ばれたのがこの形です。

試行錯誤を経て見送ることとなった「呼吸する加湿器」(Breathing Humidifier, designed with Anne Zhou)。
加湿を行うと同時に、周囲の人に深呼吸とリラックスを促すというアイデアだった。

白い色については、呼吸の軽やかさを出したかったんですよね。重量を感じる色よりも浮遊感のある色にしたくて、白を選びました。また、デスクに置くことを考えた時に、デスク周りはモニターやキーボードなど、黒いものが増えがちじゃないですか。白いものがその中にあったら、軽やかな感じがするのではないかと思いました。

ちなみに、スリットがあって閉まり切っていないのも結構重要なポイントで。完全に閉じると「フーッ!」という強い呼吸に見えてしまうので、軽やかな呼吸を連想してもらうために、このような形になっています。

音楽が流れるようにしたのはなぜですか?

三好:デバイスを作るにあたって、ずっと目で見ないと効果が出せないようなものにはしたくないと思ったんです。そこで、たとえ目で見ていなくても動きが感じられる方法がないかと考えたところ、音が有効だと思いました。

また、シンコキュウがどういう音を出すかが、呼吸の感覚を誘発するのと密接に関わっているとも考えました。例えば、ガッチャガッチャと動く場合と、ふわーっとした音で動く場合では、見た目上は全く同じ動きでも、想起する身体感覚は大きく異なると思います。それで、音楽が流れる仕組みにすることにしました。

音楽の性質に関して気をつけたのが、リラックスしすぎないようにすることです。ある程度はリラックスしながらも、理性を保つことができるようなものにしました。

また、音楽は作曲家の小西遼さんにオリジナルで作っていただいたんです。その際、呼吸の感覚を再現してもらえるようにお願いしていて。呼吸する時に生まれる緊張や緩和の感覚、吸う時に感じる冷たさや吐く時の温かさ。そうしたいろいろな感覚があるのが、音楽みたいだと思ったんですよね。この感覚を再現して、聞いた人がその人自身の身体感覚に耳を傾けられるような音楽に仕上げていただきました。

恩恵を受けてここまで来られた。試行錯誤を重ねた開発

開発期間はどれくらいですか?

三好:3年ほどです。実は、最初の1年は全く違う、大きい筒のような形のものを作っていたんですよ。呼吸の感覚はいくつかの波が重なってできているから、それを全部表現するんだと、自分の理想をそのまま具現化したようなマシーンを作りました。でも、今思えばユーザーの声をほとんど聞かずに作ってしまったので、誰がどこで使うのか分からないようなものになってしまいました。

その反省を踏まえて作り始めたのがシンコキュウで、最初のプロトタイプを作る前に「こういうものがあったら使いたいと思いますか」「どんな場面で使いますか」といったヒアリングをして、それをベースに作りました。その期間が2年ほどですね。

その間、5世代ほどのプロトタイプを作りました。最初は動くことだけを確認して、そこに通信機能がついたり、照明がついたり、マイナーチェンジをしたり。また、フォルムの設計はプロダクトデザイナーの松山祥樹さんに協力いただき、ハードウェアコンテスト GUGEN2023でいただいた賞金を開発費に使うなど、いろいろな恩恵を受けながら最新のベータ版のリリースにたどり着くことができました。

これまで形や機能を変えて、現在のデバイスになっているのですね。開発の中で特に苦労したことは何ですか?

三好:そうですね……。デバイスの動きを滑らかにすることには結構苦労したと思います。エンジニアの方と何度も何度も試行錯誤を重ねてようやく実現しました。

ただ、私は工学部出身なので簡単な工作はできるのですが、最初から自分で全部作ろうとせずに、できる人にお願いするようにしました。今回やりたいような滑らかな動きや、スマートフォンとの通信機能を実現しようとすると、私の技術では足りないと分かっていて。そうして頼れた人がいたおかげで、1人でするよりもずっと完成度の高いものを作ることができたと思います。

呼吸の可能性を技術で切り拓く

これからのシンコキュウの展望を教えてください。

三好:シンコキュウは広告を出していないのですが、プレスリリースの記事を見て貸してほしいと問い合わせをしてくださる方が既に出てきています。デスクワークをしている中で息苦しさを感じている人がやっぱりいらっしゃるんですね。まずは、そうした必要としている方々にシンコキュウを届けていきたいと思っています。

また、息苦しさを抱えていても自分で認識しておらず、本来のパフォーマンスを出せずにいる人も周りにたくさんいると思うんです。そういう方にも、シンコキュウという手段があることを知ってもらい、必要に応じて使っていただけるようにしていきたいですね。

その先では、活かせる場面を広げていきたいと考えています。呼吸の効果はこれまでたくさん研究がされてきているので、ほかにもまだいろいろな可能性があると思っています。例えば睡眠や高血圧の改善など、様々な研究で明らかになっている呼吸の効果をシンコキュウでも再現できるか、またユーザーエクスペリエンスとしてちゃんと使えるものにできるか。これから地道に広げていきたいです。

最後に、三好さん自身が目指すことを教えてください。

三好:私は大学と学部修士、今は博士研究員(ポスドク)までさせてもらっていて、ずっと研究をしてきました。そうした研究の中での発見って、特に機械やコンピュータ関連の学会では毎年のように新しいデバイスやシステムが発表されますが、世の中に出ていくものは本当に一部ないんですよ。それがすごくもったいないと思っていて。

また、研究のための研究が生まれることもあるんですよね。論文としては成立するかもしれないけれど、誰がどう使うのか、それって何が面白いんだろうと思ってしまうことも、少なからずがあります。問題意識を抱えながら研究されている場合は別ですが、「これが未来ですよ」と凄いものである感じは十分であっても、実際に世の中に出て価値をもたらせるかどうかは別の話です。

私はそうではなく、研究として見つけたものはほんの一部であっても、誰かの役に立って、世の中で必要としている人に届くものにしたいと思っています。

なので、色々と課題はありますが、できるだけ研究と世の中に出すことのサイクルが両方回るようにしていきたいですね。研究だけがうまくいっても私としては成功ではなくて、たった一部でもちゃんと何かに還元できるような形を示していきたいと思っています。

編集後記

今回の取材を通して、三好さんとの会話の中で特に感じたのが「誠実さ」だった。自身の研究や技術への誠実さ、そして何よりも“誰か”の呼吸をサポートすることにただひたすらに向き合ってきたことの誠実さだ。取材の中で「ご自身で呼吸を意識できるのであれば、わざわざシンコキュウじゃなくて、アプリを使っていただければ十分だと思います」という発言があった。会話の中の何気ない一言だったが、この言葉を聞いた時、三好さんはこの「シンコキュウ」が誰かの呼吸をサポートすることを何よりも一番に考えて来たのであろうことがまざまざと感じられたのだ。これまでの3年間、自身の研究を誰かの役に立てるために「シンコキュウ」と向き合ってきたのだろうと。そんな思いが形となり、求める人のもとへ届き始めるこの大切なタイミングで関われたことを、とても光栄に感じている。

実は、この取材を終えてからふとしたタイミングで呼吸を意識するようになった。この季節、外で深く呼吸をすると鼻の奥いっぱいにキンモクセイの香りが広がる。窓の開いた部屋ならば、木々のにおいが混ざったような少し涼しい秋の風が鼻を通り抜けていく。そんな香りや温度ともに、言い知れぬ幸福感や、頭がすっきりするようなリラックスした感覚が身体を覆っていくのだ。呼吸がただの酸素の交換ではないことを実感し始めている。シンコキュウは、そうした気づきや日々の変化をもたらす一つのきっかけとなるだろう。シンコキュウの生み出す価値が、これからさまざまな人へ届いていくことに期待している。

イベント情報

11月27日から日本橋で開催されるDESIGNTIDE TOKYO 2024にてシンコキュウの展示をが行われます。
本記事にてシンコキュウに興味をお持ちの方は、ぜひご参加ください。

https://designtide.tokyo 

▍会場
日本橋三井ホール
東京都中央区日本橋室町2-2-1 COREDO室町1 5F(エントランス4F)

会期
2024.11.27 (Wed) 〜 12.1 (Sun)

時間
11.27 (Wed) -30 (Sat) 11:00-20:00
12.1 (Sun) 11:00-17:00

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