人間拡張(Human Augmentation)とは、テクノロジーを用いて人間が持つ能力や存在を拡張または増強する技術を指します。人間拡張は適用対象別に、「身体能力」「認知能力」「知覚」「存在」の拡張に分類され、各分野で研究開発が進められています。
例えば、義足や補聴器などは身近な「身体能力」の拡張技術です。Macのトラックパッドに採用されているハプティクス技術もこの技術に該当します。
人間拡張の主な分類
先述した通り、人間拡張はその適用対象別に「身体能力」「認知能力」「知覚」「存在」の4つのカテゴリーに分類されます。AR(拡張現実)やVR(仮想現実)、AI(人工知能)、ロボット・サイボーグ、ヒューマンインターフェースなど、様々なテクノロジーが用いられています。
人間拡張の4つのカテゴリー
東京大学大学院情報学環 暦本研究室によれば人間拡張技術は「身体能力の拡張」と「認知能力の拡張」、「知覚の拡張」と「存在の拡張」の合計4つのカテゴリーに分類されています。
身体の拡張であれば、補聴器を始め、ワイヤレスイヤホンやAR / VRデバイスなど、我々にとって一番身近で触れることが多いテクノロジーの領域です。「四肢」「感覚器(五感)」「脳」へのテクノロジーが研究されており、特に嗅覚・味覚・脳を補完または強化する拡張技術は、体内侵入度から難易度が高いとされています。
障害を持つ人やスポーツ選手、重労働業界への貢献はもちろん、エンターテイメントや医療、教育など様々な分野に幅広く活用されることが期待できます。
また、存在拡張技術の場合は現在3つのパターンに分類されます。
①遠隔地にいる人との融合(テレプレゼンス・テレイグジスタンス)
②ロボットと融合(アバターロボット)
③現実と仮想空間との融合(VR・メタバース、AR / MR)
通信基盤として現在の5Gと将来的に6Gが拡大すれば、存在拡張技術は更なる飛躍が見込まれるテクノロジーです。
(参照元:東京大学大学院情報学環 暦本研究室)
身体の拡張
①外骨格のように構造的に身体能力を増強するもの、②電気刺激によって筋肉を駆動するもの、③義手のように身体機能を補綴するものなどが含まれます。
認識の拡張
何かを理解したり習得したりする、プロセスそのものを拡張するものが含まれます。
体外離脱視点を人工的に提供することで、スポーツ等の技能習得能力を向上させる研究などがあります。
知覚の拡張
①他人・他生物の感覚を人間に伝達するもの、②特定の知覚を別の知覚に置き換えて認識するものなどが含まれます。
存在の拡張
存在の限界を取り払い、遠隔地での(共同)作業を可能にするもの等が含まれます。
これを「テレプレゼンス」と言います。
人間拡張の市場動向
Gartnerでトレンド入り、グローバルで注目されている市場
IT分野を中心とした調査・助言を行うGartner(ガートナー)社から発表された、2020年・2021年の新興技術トレンドの中に人間拡張を含む「Digital Humans」が上がっています。上位トレンドには、最近日本国内でも徐々に注目が集まっている「Nonfungible Tokens (NFT)」の後を追う形で、グローバルに注目されていることが見て取れます。
なお、こちらの図はハイプ・サイクルと呼ばれており、技術的なトレンドがどのようなフェーズにあるかをしめしています。図の詳しい解釈については以下リンクにて説明されています。
(参照元:
Figure 1. Hype Cycle for Emerging Technologies, 2021(Gartner)
Gartner Top 10 Strategic Technology Trends For 2020(Gartner))
グローバルの市場規模は2021年で約16兆円。例えば2020年の国内通信業界の市場規模が約30兆円ですので、決して小さい規模ではありません。(参考:2020-2021年業界動向)
これが2026年には約42兆円に達する見込みなので、市場成長率は21%にまで上ります。このように人間拡張技術は世界中で注目され研究されているため、今後とも非常に価値が高い市場と言えるでしょう。
(参照元:MARKETS AND MARTETS “Human Augmentation Market”)
人間拡張に関する国内動向
世界動向を踏まえた上で、国内での動きを見てみます。
内閣府は、科学技術・イノベーションの一つとして「ムーンショット型研究開発制度」を掲げています。この制度は、日本の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する国の大型研究プログラムです。2030年・2040年・2050年の10年単位で段階的に目標を達成して行きます。
(参照元:内閣府HP「ムーンショット型研究開発制度」)
この制度の目標1に「2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」を掲げています。これは誰もが多様な社会活動に参画できるように、人間拡張を用いることで身体・空間 / 時間・脳の3つの制約から解放し、サイバネティック・アバター生活の基盤を提案および実現を目指しています。
(参照元:内閣府HP「ムーンショット目標1」)
人間拡張が与える社会的インパクト
これからの日本は益々少子高齢化が進展し、労働力不足や社会保障費(医療費、介護費)の増大が懸念されています。その中でも高齢者や障がいのある方、介護や子育てに関わる方など、多様な環境に置かれた方が、自身の生活の質を保ちつつ社会参画ができるようになる社会を将来急速に求められるようになります。
人に元来備わる能力の補完・補助、能力の低下や喪失への防止に役立つ「能力の補完」効果を皮切りに、持っている能力を更に向上させる「能力の向上」、そして人間には元来ない能力を獲得する「能力の獲得」の3つの文脈で、それらの効果がHAに期待されています。
しかし、これらの構想を実現するためのテクノロジーは発展途上であり、各分野がイノベーションを起こしていくことが重要になっています。ここ数年でメタバース市場やIoT、様々なサービスのAI・オートメーション化が進んでいますが、私たちがエンターテイメントで目にしたような、衝撃的で感動的なSFを実現するテクノロジーが発展した未来はまだもう少し先のようです。
人間拡張の開発企業事例
ここでは実際に国内外で開発された事例をご紹介します。
(※敬称略)
日本国内の人間拡張
◆ 遠隔コミュニケーション支援サービス「TeleAttend(テレアテンド)」
物理的に離れた場所にいる相手とツールを活用し、音声や映像、五感(触覚など)を通じて、臨場的なコミュニケーションをとることができる技術を用いた遠隔コミュニケーション支援サービス。
アバターロボットやドローンを活用し、災害地や宇宙など人間が行くことが困難な場所での作業が可能となる遠隔手術や、建機の操縦など遠隔地にいながら作業(遠隔就労)ができるようになる。
※移民者などでも身体を使った労働が可能に
海外・世界の人間拡張
◆ 未来のディスプレイ スマートコンタクトレンズ「Mojo Lens」
視界を妨げることなく、拡張現実(AR)の情報を現実の世界へ重ね合わせることができるコンタクトレンズ。レンズ上に様々なデータの表示が可能。
ハンズフリーで、視線を動かすだけで、スマートフォンと同様のアプリケーションを操作できる。
常に眼球に装着していることから、バイタル情報を取得しやすい性質もある。
◆ 脳のインターフェイス「BMI」
:Ctrl-labs(コントロール・ラボ)(アメリカ ニューヨーク)
脳と計算機・ロボットなどを直接結び付ける技術。新たなインターフェースとして注目度が高く、頭蓋骨を開頭する「侵襲式」と回頭しない「侵襲式」が存在する。
脳で念じるだけで、スマートフォンと同様のアプリケーションを操作できる。
脳活動データを分析することで、外部から観測できない真のニーズを把握することができる
まとめ
人間拡張は、2050年に至るまで確実に市場から求められ、様々な人が多様な社会活動に参画することにおいて、今後最も人類に必須となるテクノロジーの一つです。
特に日本国内では、着々と進んでいる少子高齢化社会を支える大きな基盤を作るために欠かせないものとなります。また、市場動向においてもグローバルに成長を遂げていく人間拡張は非常に価値が高く、各分野の研究開発への投資は年々増加し、より多くの企業が技術開発やビジネスアセットを提案し拡大していくでしょう。