人間拡張のプロダクトに関連する技術は多岐に渡ります。
そのため、一企業単独で最終プロダクトまで開発できるケースは稀です。
プロダクトを作る上で、企画者が技術観点で抑えたいポイントは2点で、
①自社と協業パートナーとの技術領域の棲み分け
②技術を取り入れるタイミング です。
①は、メーカー企業によく見られますが、自社のコア技術を活用して、人間拡張領域への参入を試みられることが多いです。大企業の研究機関やスタートアップ、大学とパートナーシップを組まれるところが大半だと思いますが、技術領域の棲み分けは、技術戦略にも関わりますので、プロダクトの企画段階から念頭に置いておいた方が良いでしょう。
②は、技術が実用化する時期も考慮しながら計画を立てる必要があります。どの技術を「いつ」取り入れるか、によっても実現するプロダクトが大きく変わってくるでしょう。
今回は、人間拡張技術の社会実装を目指す、内閣府『ムーンショット型研究開発事業.目標1』を参考文献として、人間拡張を実現する技術とその活用用途を合わせてご紹介します。事例を見ながら、技術レベルや実用化までの時期感を把握する一助としてお使い下さい。
出典:ホワイトペーパー『人間拡張入門』人間拡張技術の現在地
認知拡張(脳の制約からの解放)
BMI(ブレインマシンインターフェース)
BMI(ブレインマシンインターフェース)
脳波やニューロンの活動を計測し、その結果をコンピューターが解釈して、人の思考や意思決定を分析したり、制御したりする技術。
■活用用途
1.身体の制御
脳波を測定し、身体の動きを制御することができます。例えば、脳波を使って車いすや義手、ロボットなどを操作することができます。
2.コンピューターの操作
脳波を用いてコンピューターを操作することができます。例えば、特定のアプリケーションを開く、メールを送信する、音楽を再生するなどが可能です。
3.コミュニケーション支援
能卒中や脳損傷など、発声が難しい人々が、脳波を使ってコミュニケーションを取ることができます。
4.パフォーマンスの向上
スポーツ選手が脳波を測定し、集中力やリラックス状態を測定することで、パフォーマンスの向上を図ることができます。
5.ゲーム
脳波の変化に応じて、ゲームの難易度が調整されるなど、よりエキサイティングなゲーム体験を提供することができます。
MAS(マルチエージェントシステム)
MAS(マルチエージェントシステム)
複数の「エージェント」と呼ばれるプログラムが相互に作用して協調し、
目的を達成するシステムです。
■活用用途
1.ロボット制御
複数のロボットが協調して製品の組み立てや物流作業を行うことができます。製造業界や物流業界などでの生産性向上が期待されています。
2.交通規制
自動車、飛行機、海運など、交通管制には複数の会社やハブ、制御塔が関わっています。各エージェントがリアルタイムで情報を共有することで、最適なルートを選択したり、交通を効率的に運営することができます。自動運転車の普及にも期待されています。
3.スマートシティ
複数のエージェントが協調して交通渋滞の解消や公共交通機関の改善などを実現することが期待されています。また、MASを使用することで、エネルギー管理や環境保全のためのシステムが開発されています。
4. 購買活動
商品のレコメンドシステムなど、複数のエージェントが協調してユーザーの閲覧履歴や購入履歴などを分析し、最適な商品を推薦する。
5. フィンテック
金融業界においては、MASを使用して複数のエージェントが自動的に相互作用することで、投資判断やリスク管理を行うシステムが開発されています。また、MASを使用することで、顧客とのコミュニケーションが改善され、よりカスタマイズされたサービスの提供が可能になります。
一般物体認識
一般物体認識
コンピューターが物体を自動的に認識する技術です。例えば、人間が猫や犬などの動物を見たとき、それが何であるかを瞬時に判断できるように、コンピューターにも同様の認識能力を備えることができます。
■活用用途
1.環境モニタリング
AmazonGoの無人店舗を代表に、センサーやカメラなどの技術を活用し、レジを通さずに商品を購入できる。商品の一般物体認識技術によって商品の認識や在庫管理が行われます。
2.自動運転車の開発
一般物体認識技術を利用して、道路標識や信号、歩行者や車両などの障害物を認識し、車両の制御に役立てることができます。
3.家庭用ロボットの開発
人間と同じ空間で生活するために、周囲の物体を認識する必要があります。一般物体認識技術を利用して、家具や家電製品、食器や衣服などの物体を認識し、家事や介護などのサポートを行うことができます。
DNN自然言語処理技術
DNN自然言語処理技術
日本語や英語など人が話す自然言語をコンピュータで処理するための技術。DNNはDeep Neural Network(深層ニューラルネットワーク)の略で、コンピュータに人工的に神経細胞を作らせ、自然言語を理解するための学習を行います。
■活用用途
1.質問応答システム
AmazonAlexaなどの音声アシスタント技術搭載のスマートスピーカー、顧客対応や自動応答で使用されるチャットボットを代表に、ユーザーの質問を自然言語で入力すると、その意図を理解し、最適な回答を返すことができます
2.感情分析
入力された文章から感情を抽出することができます。例えば、SNSやレビューサイトでのコメント分析、商品やサービスの改善案の抽出などに応用されます。
オントロジー技術
オントロジー技術
言葉や概念の関係性をデータ化する技術。例えば、果物にはリンゴ、バナナ、オレンジなどがあり、それぞれに色や形、味などの特徴がありますが、オントロジー技術は、このような果物や特徴、それらの関係性をコンピューターが理解できる形式で表現します。
■活用用途
1.情報検索
キーワード検索だけでなく、関連する単語や概念を考慮した高度な情報検索が可能になります。例えば、”りんご”というキーワードで検索した場合に、果物の一種であることや、りんごに関連する健康や栄養素などの情報を得ることができます。
2.IoT
IoTにおける様々なセンサーデータの解釈や制御が可能になります。例えば、センサーデータを分類・構造化することで、自動運転車の運転制御や、スマートホームの環境制御などが実現できます。
3.ナレッジマネジメント
膨大な情報の中から必要な情報を抽出し、知識を蓄積・管理することができます。例えば、企業内の情報共有システムで、業務に関連する情報を分類・構造化することができます。
身体拡張(身体の制約からの解放)
人工筋肉
人口筋肉
電気や熱などのエネルギーを使って、人間の筋肉と同じように収縮・伸張することができる人工的な素材や装置のことです。
■活用用途
1.ロボット
介護用ロボットや医療機器に利用されるソフトアクチュエーターなど、より人間らしい動きを実現できる。軽量で柔軟性があり、高い精度で微細な作業も行えるようになります。
2.人工臓器
人工心臓や人工筋肉群のような人工臓器に利用されることがあります。これらの人工臓器は、体内での摩擦が少なく、潤滑剤の必要性がないため、より長い寿命を持つことができます。
3.宇宙開発
人工筋肉を使って、重力がない宇宙環境下での作業を支援することができます。人工筋肉を搭載した宇宙服は、より自由自在な動きを実現できます。
4.バイオニックアーム
人工筋肉を用いた義手で筋肉の収縮や伸展に似た動きを再現できます。
サービスロボット
サービスロボット
人間の代わりに家事や介護、警備などのサービスを提供するロボット。
■活用用途
掃除や洗濯をする掃除ロボット、お茶を出す介護ロボット、警備員の役割を担うセキュリティロボットなど、用途は多岐に渡ります。
※現在の技術では完全な自律行動ができるロボットはまだ実用化されておらず、多くは人の操作や制御が必要なものが多いです。将来的には、より高度な人工知能やセンサ技術の発展により、より自律的かつ多様な活用が可能となると期待されています
音声対話技術
音声対話技術
人とコンピューターが会話をするための技術。スマートフォンやスマートスピーカーなどの音声アシスタントも音声対話の一つ。音声対話を実現するには、コンピューターが人の話し言葉を理解する必要があり、音声をテキストに変換する「音声認識技術」やコンピューターが理解したテキストに基づいて、人が理解できるように返答を生成するための「自然言語生成技術」が紐づきます。
■活用用途
1.音声アシスタント
スマートフォンやスマートスピーカー、スマートディスプレイなどのデバイスで、タスク管理やスケジュールの調整、天気予報やニュースの確認など、日常生活で必要な情報を音声で簡単に取得できるようになります。
2.言語学習支援
音声認識技術を用いた言語学習アプリなどがあり、ユーザーの発音や語彙力を評価し、学習プランを提供することができます。
存在拡張(空間・時間の制約からの解放)
XR(AR/VR/MR)
XR(AR/VR/MR)
ARは現実空間に仮想物体を重ねる技術。スマホのARゲームが代表的です。
VRは完全な仮想空間を作り出す技術。VRゴーグルで視界を覆います。
MRは現実空間に仮想物体を取り込む技術。HoloLensが有名です。
■活用用途
1.ゲームやエンターテインメント
VRやARを使ったゲームや映像コンテンツが開発されています。MRを使ったアトラクションも登場しています。
2.コミュニケーション
遠隔地同士でMRやVRを使って会議を行うことができます。
3.教育
VRやARを使った教材が開発されています。例えば、歴史的な場所や建造物を仮想的に再現し、学習することができます。
4.医療
MRを使った手術支援やリハビリテーションのためのトレーニングシステムが開発されています。
テレプレゼンス/テレイグジスタンス
テレプレゼンス/テレイグジスタンス
テレプレゼンス:遠くにいる人や物をまるで目の前にあるかのように感じる技術。ビデオ通話やバーチャルリアリティ技術などが使われます。
テレイグジスタンス:遠隔地からロボットやセンサーを使って、物や環境を制御したり操作する技術。医療や製造業などで使われ、遠くにいる専門家が手術や生産現場の監視などを行うことができます。
■活用用途
1.コミュニケーション
ロボットアバターを介して、遠隔地にいる人間とリアルタイムでのコミュニケーションを行う
2.製造業
遠隔地にいる人間が、VRヘッドセットを使用して、別の場所にある製造ラインの機器やロボットを操作する
3.観光
リアルタイムで遠隔地の観光スポットや文化財を体験することができ、仮想旅行などの新しい観光スタイルが生まれます。
共通技術
説明可能AI
説明可能AI
コンピュータが人間に向けて、自分がどのように結論に至ったのか、その根拠を説明することができる技術。
■活用用途
1.信用/詐欺検知
金融業界など、顧客の基本情報を用いて導出した信用リスクの審査プロセスを説明する。
2.医療診断
あるAIがある人物が病気であると診断した場合、説明可能AI技術を使えばその診断が出た根拠や理由を、説明することができます。
3.製造業の異常検知
製造プロセスの異常検知モデルを説明可能AIによって解釈することで、何が異常であったのかを明確にすることができます。
計算脳科学
計算脳科学
コンピューターを用いて脳の情報処理を再現し、脳機能を理解しようとする学問分野のこと。具体的には、脳の神経細胞のモデル化や、神経細胞同士のつながりを表現するネットワークモデルの作成、脳の情報処理に関わるアルゴリズムの解明などが行われています。
■活用用途
1.疾患治療の支援
計算脳科学技術を用いて、脳の疾患や障害を解明し、それに基づいた治療法の開発や改善を行うことができます。例えば、脳卒中後のリハビリテーションや、脳損傷後の機能回復の支援などが挙げられます。
2.AIの改善
計算脳科学技術を用いて、AIの学習や意思決定の仕組みを脳に近い形で再現することができます。これにより、AIの性能の向上や、AIと人間の相互理解の促進などが期待されます。
3.脳とコンピューターの融合
脳波を読み取り、コンピューターによって制御された義手や義足、脳波を利用したコンピューター操作などが可能になります。また、脳とコンピューターをつなぐインターフェース技術の開発にも役立ちます。
AIソフトウェア工学
AIソフトウェア工学
AIの仕組みを考えながらAIを搭載したソフトウェアを開発するための技術。
ー活用用途は多岐に渡るため割愛しますー
触覚センサー、ハプティクス技術
触覚センサー、ハプティクス技術
触覚センサーは、物体を触ったときの感触を計測するセンサーで触っているような感覚をコンピューターゲームやVR空間で体験できます。
ハプティクス技術は、触覚センサーを使って、人間が触れる感覚を再現する技術。例えば、スマホの振動やゲームコントローラーの振動は、ハプティクス技術が使われています。
■活用用途
1.医療
医療用のデバイスには、皮膚に貼り付けて血圧や心拍数を計測するための触覚センサーが使用されています。また、ハプティックス技術は医療関係者が手術を練習するために使用されます。手術器具が体内の臓器や組織に接触する感触を再現することができます。
2.自動運転
触覚センサーを使用して周囲の状況を検知し、車両を制御することができます。
3.障害のある方への補助技術
視覚や聴覚の障害を持つ人々へ触覚を通じて情報を提供することができます。例えば、視覚障害者のためのブレイルディスプレイや、聴覚障害者のための触覚を使ったコミュニケーションデバイスが開発されています。
SVM(サポートベクタマシン)
SVM(サポートベクタマシン)
機械学習アルゴリズムの一つ。教師あり学習の一種で、特徴量を入力とし、それらがどのクラスに属するかを分類するために使用される。
■活用用途
1.予測分析
SVMは、金融や医療などの領域で予測分析にも使用されています。例えば、株価の変動を予測するシステムや、がんの診断を支援するシステムなどが挙げられます。
2.画像認識
SVMは、画像分類や物体検出の問題にも広く使用されています。画像の特徴を抽出し、その特徴量を使用してSVMモデルをトレーニングし、新しい画像を分類することができます。
その他で頻出する技術
プロテーゼ
プロテーゼ
手足などの身体の一部を失った人々が、失った部位を補うために使用される技術。
■活用用途
1.義手/義足
手足の欠損により、日常生活やスポーツなどが困難になってしまった人々に、手足の機能を取り戻すために使われます。
2.心臓ペースメーカー
心臓のリズムが不整である人々に、正常なリズムを維持するために使われます。
筋電位
筋電位
筋肉の動きを電気信号で測定する技術。
■活用用途
1.リハビリテーション
筋電位の計測順序(プロシージャ―)を活用して、障害やケガで影響を受けた筋肉の機能を回復させるためのリハビリテーションプログラムを作成することができます。
2.義手や義足の制御
筋電位センサーを使用して、腕や脚の筋肉からの信号を測定し、人工的に作られた身体部位を正確に制御することができます。
3.3D空間上で物体を操作
デプスカメラと筋電位センサーを組み合わせて、手の動きを認識し、3D空間上で物体を操作することができるようになっています。
バイオニック
バイオニック
人工的に作られた器官や義手、義足などの医療機器を体内に取り入れることで、身体の機能を補う技術。
■活用用途
1.脳機能の回復
バイオニック技術を用いた神経インタフェースを使って、脳機能を回復することができます。たとえば、脊髄損傷を受けた患者が、義手や義足を動かすことができるようになることがあります。
2.義手/義足や補聴器
バイオニック技術を用いた医療機器は、自然な動作を再現し、より高い機能性を実現することができます。
ナノテクノロジー
ナノテクノロジー
物質を超微小なサイズで操作する技術のことです。ナノテクノロジーを使うと、1ナノメートル(1nm)という極めて小さな大きさで、例えば、金属やプラスチックなどの物質の性質を変えたり、機械的な性質を持たせたりすることができます。
■活用用途
1.医療
ナノ粒子を用いた薬剤送達システムの開発、人工臓器やバイオセンサーの開発、がん細胞検出や治療支援技術の開発などが挙げられます。
2.環境
ナノ粒子を用いた浄水技術の開発、高性能バッテリーや燃料電池の開発、大気汚染物質の除去技術の開発などが挙げられます。
3.エネルギー
太陽光発電や風力発電の効率向上技術の開発、エネルギー貯蔵技術の開発、省エネルギー技術の開発などが挙げられます。
4.電子・情報分野
高性能半導体素材の開発、高密度ストレージメディアの開発、高速・高感度センサーの開発などが挙げられます。
おわりに
内閣府『ムーンショット型研究開発事業.目標1』では、人間拡張に纏わる技術分野の開発目標が取りまとめられていますので、今後の技術の方向性を把握する際に、ぜひご活用ください。